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 口の中で冷たいピアノの音が転がった。すぐに現実を感じ取ろうと私はすうっと息を吸い込む。目の前のあなたの吐息は温かい。
 音を奏でるあなたは私なんかにお構いなく、只ピアノに指を滑らせて。私はあなたに近付くけれども、あなたの視線は通り過ぎて。
 私は、その指の滑らかさが好きでいとおしくて、何度も繰り返すその動きを黙って見つめる。もう何度繰り返しただろう。同じこと。
 誘って誘われて、捩れた関係になるまで、私の中に注ぎ込まれた白いもの。今は私の冷たい体の中に残されている。
 私の首にあなたのその綺麗な指が触れた時、私は瞼をそっと閉じた。私の負け。そして、あなたはきっと同じ過ちを繰り返す。