自分と世界を取り戻すためにしなければならないこと

 彼女がゆっくりとカップを持ち上げた。そして、静かにそのカップへと少し青ざめた唇をつける。伏せた目からは俺を受け入れているのか、拒絶しているのか分からない。
「また、やっちゃった……」
 彼女の手首には痛々しく包帯が巻かれていた。
「大丈夫?」
 俺は間抜けな返答しか出来ない。彼女の左手首にはもう何十もの傷があって、その存在が彼女と今の生活をつないでいるのだろう。
「もう……そういうのは止めなよ。君が傷を作る度、俺は悲しくなる……」
 彼女は微かに唇を動かしたが、何も言わなかった。俺は彼女が何を望んでいるか分からない。正しさを突きつけても、何も戻らないのだ。
「頭の中がぐちゃぐちゃになるとね、気持ちだけが先走ってどうにも止められないの」
 彼女は俺を真っ直ぐ見つめて言う。
「そんな時、その焦りを止めるためには自分の手首にナイフを置くしかなくて……そして、其の侭すうっと引くと手首に血が滲んで気分がようやく落ち着くの……」
「死ぬ気もないのに、そうやってリストカットを繰り返し、これからも生き続けていくの?」
 思わず口走ってしまい、彼女はぽかんと俺を見つめる。
「いや、別に君を傷付けようとして言ったわけではなくて……」
 空気がふと曇る。彼女は黙って自分の左手首を見つめたままだ。俺は優しく彼女を抱きしめる。
「大丈夫だから。何も考えなくていいから」
 俺の腕の中で、彼女はもぞもぞと動いていた。彼女を傷付けてしまったかもしれない。もっと大切にしなくては。
 その瞬間、腕に痛みを感じて俺は顔を歪める。俺の腕にナイフが刺さっていた。
「混乱してるのは私? それともあなた?」
 彼女は消極的に微笑む。緩やかに崩れていき、もう彼女の世界は元には戻せない。