people can use them in many places

 すべり台から宙を見た。世界がゆっくりと進んでいて、シンプルに空があって土があって、地に足が付かない浮付いた状態とかそういうのではなく、確かに地球は自ら廻っていた。地球を体感するというのは、いつもとは、がらりと違った立ち位置を味わうのと同じことだ。
 目の前は真っ直ぐに広がる星空だった。
「大丈夫? 立てる?」
 彼女は心配そうに俺の顔を覗き込む。頭のすぐ下に冷たい地面を感じた。顔のすぐ近くでは土の匂いがする。俺はどうやらあの大きなすべり台から落ちたらしい。そのことに気付くのに大分かかった。
 俺は起き上がり、ジーンズや頭に付いた土をポンポンとはらう。
「さて、何処に行こうか」
 俺は自分の中にアルコールが少し残っているのを感じながら、彼女に問う。
「今日は帰らないつもり。何処かへ連れてって」
 彼女は何か言いたげな感じで瞬きをしながら、俺に言う。
「何処かって……?」
 彼女は指差す。
「あの辺……」
 ふと目に入る彼女の左手の指輪は、俺と一緒でも外されない。
 彼女は自分から誘うけども、付いては来ない。何処へ行こうかなんて最初から聞くだけ無駄だ。きっと何処へも行けない。何処へ行っても左手の指輪からは逃れられない。逃げられるとしたら、さっきの空間。すべり台から垣間見る空間だけだ。
「でも、君と居られるならどこでもいいわ」
「じゃあ、すべり台に登ろう。そこからの風景をあなたにも見せたい」
 彼女は少し驚いたように俺を見つめる。
「いいわよ」 
 そして、彼女を先に登らせ、俺も続いて上がる。
「すべり台なんて久しぶりに登ったわ」
 彼女は俺に微笑む。いつまで経っても手に入らない柔らかな、その……。
 さっきの感覚を彼女にも味わって欲しかった。ほんの一瞬でも場所や時間、所属の無い自分を見つけられる感覚を。
 そう思って、俺は彼女の背中をぽんと押す。彼女は「ひゃ」とも「きゃ」とも聞こえるような小さな短めの叫び声をあげてすべり台から落ちる。その後には、奇妙な音が夜の公園に響く。

 下を見ると、動かなくなった彼女が。決して手に入れることの出来ない彼女が。もう瞬きさえせずに、そこに。