消えなくてはならないものと消えてはなくならないもの

前略
 ようやく暗い闇から復活しました。
 人間はなかなか死なないものですね。
 私が最近していることと言えば、空の青さを確認することくらいしかありません。本を読むのも、気力が無く、点滴が逆流してしまうので、避けています。こうやって、手紙を書くのにもずいぶん時間がかかりました。
 あなたはいつ、私に会いに来てくれるのでしょうね。薬の副作用で頭がぼんやりする時には、あなたと過ごした日々を手に取るように感じます。私は、本当に、あなたに会いた



 ここまで書くと、ペンを置き、ふうっと息を吐く。息をするのも今では疲れる。私は木浦に「会いたい」のか「会いたくない」のか。考えるのにも、時間がかかる。

 私は死にかけている。多分、半月も持たないかもしれない。実際3日前に、死にかけて、本当に死ぬかと思った。
 死に向かって確実に前進しているものに対して、病院は優しくはない。苦しむのは分かっていて、この世に引き止めよう引きとめようとばかりする。そして、肉体を極限まで苛める。死に行くものへの拷問。医療費の無駄使い。家庭にとっても、国の財政にとっても優しくない。私。本当に。無駄。
 


 その時、トントンとドアをノックする音が。
 静かに10cm程ドアを開き、ひょこっと顔を出す木浦。
「遅い! 何で今まで来なかったんだよー!」
と、言いたかったが声にならなかった。ひゅっと口から空気が漏れただけだった。弱っている私。死にかけている私。
「ごめん、今、いい?」
 私はこっくりと頷く。
「どうだい、調子は?」
(良くないから、ここにいるのだけれど。それにしても、久し振りだなあ、木浦の顔は。)
「うーん、あんまり顔色は良さそうではないな」
(当たり前だ。もうすぐ死人だ。)
「今、何かしてたの?」
 急いで手紙を隠す。彼はそれを不思議そうに眺めていた。
「あのな…、お前が入院して俺、ひとりぼっちだっただろ…」
(ん? 寂しいの?)
「俺のことは心配しなくてもいいから」
(うん。でも、私のことも少しは心配して下さい…)
「実はな…」
(何? 何かサプライズでも?)
 彼はドアの方に手招きする。そこから、可愛らしい女の子が彼の元へと静かにそそそっと歩いてきた。
「今、この子が俺の面倒見てくれてるから」
(は?)
「あっ、彼女とかではなく、食事を作ってくれたりしているわけで…、ともかく、お前は俺の身の回りのことは心配するな」
(どう見ても、彼女だろ)
「ま、長居しても迷惑だろうから。帰るよ。これ食べて元気出しな」
と、彼女が抱えていたケーキ(が入っているような)箱を台の上に置いた。
(どう見ても、私、食べれるような症状ではないだろうが)
 そして、木浦は彼女と共に、この病室から消えていった。


 ああ…、物凄い頭痛がする。今なら、本当に死ねそうな気がする。木浦の破壊力、恐るべし。
 次第に頭痛と共に、耳の奥で血液の流れる音がフォルテシモになってきているし、吐き気と発熱が私の体全体を取り巻いている。苦しさの極限が目の前に。本当に死が近い…かも…。
 最後に思う。もしも木浦が私のことをちっともこれっぽっちも心配していないのなら、どうか木浦があの女の子とエレベーター事故なんかで今すぐにでもこの世の最後を迎えますように、と。

 その瞬間、廊下側からドスンと地響きするような音がして、その瞬間、私の意識も、




暗転。