Out of the frying pan into the fire

「先生、写真撮って下さい」
 声のするほうを振り返れば、女子のグループの中に咲谷優実が不機嫌そうに立っていた。卒業証書を片手に。
 俺は思わず体が固まる。咲谷が苦手なのである。出来れば最後まであまり関わりたくはなかった。
 仕方なく、しぶしぶ言う。
「カメラ渡せ。ここで撮ればいいのか?」
「いや、そうではなくて……」
 彼女は言葉を濁す。逆に、彼女の友達や後輩達、周りの女子などはにやにやと。
「優実は卒業記念に、先生と2ショットの写真が撮りたいそうです!」
 俺は吃驚する。確かに咲谷は俺の担当している数学が学年一の成績だったし、よく質問にも来ていた。しかし、俺への好意は微塵にも感じられず、寧ろ、どこか俺のことを見下しているようなそんな眼つきをしていた。今でも、彼女は俺のほうを向こうとはせず、黙って下を向いている。
「お願いします。一緒に撮って下さい……」
 彼女からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
「先生、優実の隣に並んで」
 俺は少し照れる。隣に並んだ咲谷は俺の肩くらいまでしか身長がなくて、意外に小さかった。肩までの髪がさらっと風に靡いて、よく見れば美少女だなあ……と今頃。
「先輩、腕組んでもらえばいいじゃないですか」
「最後ですしね」
「いい記念ですよー!」
 後輩の女の子たちも言いたい放題。
「先生、腕組んでもいいですか……?」
 彼女は顔を真っ赤にして俺を少し見上げた。
「あ……いいっすよ」
 俺は間抜けな返事しか出来なくて、どうしたものか。
 咲谷はそうっと俺の腕を取って、自分の細い腕に絡ませた。その間、微妙に彼女の胸に俺の腕が当たっていた。柔らかい。少しドキドキした。もし、彼女が卒業する前に、俺が彼女の好意に気付いていれば、もう少し違った学校生活を送れていたのかもしれないなあと思うと、少し惜しい気がした。
 その瞬間、チカッとフラッシュが眩しくて俺は我にかえる。
「先生、ありがとうございました」
 彼女は相変わらずの無愛想で、少し頭を傾けて礼をすると、俺の元から去って行った。



 咲谷の卒業後も、俺は何となく彼女のことが気になっていた。おそらく、彼女とは終業式後の離任式でまた会えるのだろうけども、どんな顔をしていいのやら、何か声をかけていいのやら分からなかった。
 今までの彼女の無愛想も俺を見る眼つきも好意の裏返しだと考えれば、全てをいとおしくさえ思えた。


 ある日、咲谷の後輩が職員室へやってきた。
「先生、卒業式に撮った写真を一応渡そうと思って」
「あ、どうもありがとう」
 写真を受け取り、見てみると、咲谷の少し赤くなった顔と俺の照れてだらしなくなった顔が写っていた。駄目だなあ。
「先生、まさか勘違いしてないですよね。大人だから分かってますよね?」
「ん? 何が?」
「写真のことですよ。あれ、罰ゲームですから。先輩、かなり嫌がってたんですけど、皆が絶対やれって言うから……」


 教師とは、こういう仕事である。