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 とんとんとん。と、包丁が軽やかな音を立てる。
 私は料理に集中し、彼はリビングで本を読んでいる。料理は良い。何も余計なことを考えなくて済む。

 出来た料理を目の前にすると、彼は本を閉じ、箸を手にする。無言で食べ始める。私は何も食べずに、彼の食べている様をぼんやりと見る。
 もぐもぐもぐ。と、無言で食べる彼。美味しいとか、これはどうやって作ったのとか、何も聞かずに只、食べるのみ。刺激と反射。何だかパブロフの犬みたいだな、と思った。


 寝る前に私はシャワーを浴びる。そして、裸のまま彼の隣に潜り込む。
 私は温かくなった体をベッドに馴染ませる。彼は私の体を確認する。あとは、いつもと同じ。彼は無言で行為を始める。そして、体だけが反応を起こす。
 いつからだろうか。二人でいても、話すこともなく、見詰め合うこともなく、掴もうとしても空を切るような感じ。今だって、こんなに近くにいるのに、体は繋がってさえいるのに、彼も私もお互いを見てはいない。お互いを通り越して、遠くを見詰めている。
 この変わらない毎日を打ち砕く変化が欲しい。例えば、料理の中に毒を入れてクドリャフカにしてしまうとか…。彼なら、彼が本当にパブロフの犬なら、有り得ないこともない。孤独で、無音の日々を過ごすくらいなら…。 
 でも、そんなクドリャフカになった彼を思うと、少し切なくなった。
 ふと顔を上げると彼の顔があった。
 どうしたの? と、久し振りに彼の声を聞いたような気がした。が、気のせいかもしれない。だけど、彼の手は優しく私の髪を撫でていた。

 本当は私がクドリャフカなのかもしれない。