最後の晩餐といつかの食欲

 人がモノを喰らう姿は何と醜いことか。
 食べるという行為そのものが人間というより、動物そのものの本能を示しているように思えてしまい、俺は吐き気を感じた。貪欲に生きるということが穢れたのものに感じられてしまう。
 俺は他人と食事をするのが嫌いである。しかし、俺の女は共に食事をすることを求める。今日も仕方無く、食事に付き合ってはいるのだが、彼女の口の中でくちゃくちゃと小さな音がする度、俺は眩暈を感じると同時に女を殴ってやりたい衝動に駆られる。
「どうしたの? 今日のお肉は特別おいしいのよ」
 女はにっこりと言う。
「何だか食欲が無いんだ…」
 俺は女から目を離し、窓の外を見る。雪がはらはらと散っていて、ここより居心地良さそうに見える。人工的に暖められたこんな部屋よりもよっぽど明るく暖かそうな雪の白さ。しかし、この息苦しい空間から逃げ出そうとも、俺の体は重く感じられて上手く動けないのだ。
「あ、そうだ」
 突然、女は意味有りげに笑う。
「今日のこの美味しいお肉、あなたの右腕だったのよ」
「何を馬鹿なことを…」
 俺はつまらない冗談にカッときて、女を殴ろうと、右腕でワインのボトルを取ろうとした。が、腕がボトルに届く前に、俺の右腕はさらさらとパウダースノーになって消えてしまった。
「事実を受け入れなさいよ。あなたはもう死んでいるのよ」
 女はワインをゆっくりと飲み干す。その間にも、俺の体は右腕周辺から雪になって消えていく。そうだ、俺はこの女に殺されていたのだ。と思い出すことは出来たが、その時は既にもう話すことも女を殺すことも出来やしなかった。
 女は悠々と肉を頬張る。俺は女の口の周りについた肉汁を見て憎らしく思う。そしてくちゃくちゃという肉を噛む音を聞きながら、やはり喰うことは醜いと思う。
 しかし、俺は只溶けていくしかなかった。