keepin’ a secret in a professor office

「死ぬことを考えれば、処分しなくてはいけないと思っているんです」
 一瞬、何の話をしているのだろうと、口を噤んでしまった。先生、どういうこと?
「あと五年後にこの世から消えてしまえば、これらの本もこのまま置いておくわけにはいかないでしょう」
 あ、本の話か。えっ、でも、あと五年って?
「あの……、先生死んじゃうんですか……?」
 先生はふっと微笑んで、
「いや、今すぐ死ぬというわけではないんですけどね、あまり長く生きられるような気がしないんですよ」
「はあ……」
「それにここに読んでないものも結構あるんですよ。必要の無い書籍を処分することで、頭の中も整理できるんです」
「確かにいっぱいあるから、このままだと床が抜けてしまいそうですね」
 この部屋の下はどの教授の研究室だったっけ……と私はぼんやり考えた。あ。それよりも、
「先生、あまり、その、死、だとかいう言葉は使わないで下さい。似合ってないです……。らしくないですよ」
 先生は本棚のあたりからこちらを振り返り、目だけで少し笑った。
 先生には今、生きる気力というものがないだろうか。何だか意外だった。しかし、私のほうはといえば、高校生の頃くらいから常に何となく死と隣り合わせだと感じていた。病気がちでよく入院していたからかもしれないが。だから、私は持ち物が少ない。いつも身軽でいたいからだ。大げさに言えば、いつ死んでもいいようにだ。でも、先生もそんなことを考えていたのだろうか。
 私はソファに深く寄りかかり、すうっと息を吸い込んだ。本と何かの良い香りがする。
 私がこうやって先生の研究室に質問に来たり、本を借りに来たりして数ヶ月が経つ。それまでは全くプライベートな話はして来なかったので、今日の発言には多少驚いた。
 先生が死ぬ時ってどんな感じだろう、と私は先生をじっと盗み見る。背中から腰のラインから色気を感じた。少し心拍数が乱れる。私は今の空気を変えようと、質問するために持ってきたノートをペラペラと捲り始める。どうせ、先生も私もすぐには死にはしない。死という言葉を舌の上で転がして遊んでいるだけだ。
 ふんわりと空気が色付いたと思ったら、急に、ポスンと膝の上に文庫本が置かれ、トスンと私の横に先生が腰を下ろした。
「これをあげますよ。君が好きそうな本です」
 見ると、表紙にアンドレ・ブルトンと書いてある。
「え、いいんですか」
 先生がにこりと笑う。
「ありがとうございます」
 顔を上げると、思ったより先生との目線が近かった。首から肩にかけての線が綺麗だなと思った。それから、顎のラインと眼鏡のバランスが素敵だと思った。そして、眼鏡の奥の眼が……
 と、見とれているうちに、気が付けば先生の腕の中にいた。きゅっと抱きしめられると結構、がっしりとしているんだなあと分かった。先生の温かいため息が髪にかかってくすぐったい。
 すると、先生の冷たい手が服の中に入ってきた。
 

 先生になら処分されても構わないと思った。