眠れない夜はリピート

「何故、自分はこんなことをしているのだろうか」
 真ん丸いトマトを片手に、広い店内の妙な音のする機械の前で、ぽつりと崎丘は思った。
「あの」
 目の前の明るい声にはっとする。
「そのトマトも買うんですよね?」
「あ、はい……」
 スーパーの店員は、誰が相手であろうとにこやかに対応する。好ましいのやら鬱陶しいのやら。
「全部で1330円になります」



 思い返せば、掃除も洗濯も料理も、崎丘が担当し、永村は満足気ににやにや笑うだけであった。
 しかし、崎丘は定職を持たない。トマトもふかふかの布団も適温のシャワーも崎丘が自ら得ようとしても得られないものであり、儒教的な考えを持たなくもない崎丘は、永村に物申すことは許されなかった。多分。


 深い暗闇の中、ふうっと息を吐く。
「どうしたの?」
 永村が不思議そうに見つめる。
「当分、セックスはしたくない」
「えー」
「何だか疲れている」
「家でのんびりしているだけなのに?」
 崎丘は少しむっときた。それにも構わず、永村は首筋に唇を這わせてくる。
 こういう場合、崎丘はもう何も言わないことにしている。言っても無駄だということに気付いているからである。以前、ぐっすり寝ているところを永村に襲われたことがある(少し言い方が変なのかもしれないが)。崎丘は全てが終わった後に、目が覚めた。その時の永村の言葉が今でも蘇る。
「崎丘って、寝てても感じているんだね。凄く興奮したよ」
 ほほう、永村は少し変態チックなのだなと理解した。若しくは、性交に執着心があるのだろうか。

 普段、金を持たない崎丘は、永村に色々な物を買ってもらう。例えば、DVDやら服やら、パソコンなどもそうだ。単に物を買って貰い、「有難う」の言葉だけでは申し訳ないと考える律儀な崎丘はその都度、
「これはDVDの分」
「これは服の分」
「これはパソコンの分」
というふうに、余り好んでもいない性交に耐えてきた。


 一度、崎丘は永村にお別れを述べたことがある。しかし、その直後、永村は涙を流し、
「崎丘がいないのは無理。死んじゃうかも」
と、訴えたので、全てが面倒になってしまった崎丘は別れを先延ばしした。そして、今に至る。


 これはノンフィクションである。書き手は崎丘かもしれないし、永村かもしれないし、スーパーの店員かもしれない。しかし、誰であろうと構わない。それが、日常なのだ。眠れない夜はそのことを考え、少し切なくなる。