He intended his remark as irony

 いつもの赤い橋を渡ろうとした時だった。三丈程先に黒い影が見えて、それから何となくこれからの展開も見えて、嗚呼またかと一気に気分が萎えた。向こうも私の足音に気付いたようで、今更引き返すわけにもいかない。
 薄闇の中に彼の青白い顔がぼんやり見えた。
「諦められないから会いに来た」
 彼が唐突に言う。
「でも、もう終わりだと、この前告げた筈だけど」
「何故俺の感情を無視して君は無責任な態度を取るの?」
「あなたの感情を受け入れていたら、いつまでたっても次へと進めないでしょ」
 私はうんざりして、早くこの橋を渡ってしまおうと思った。その時、彼が私の目の前に袋を突き出す。
「これは薬。君と別れてから眩暈が酷くて医者にかかっているんだ。医者は精神的なストレスが原因だと言っている」
「それなら、家で薬でも飲んでゆっくりしたら。安静第一」
「ふざけるな! もう俺には猜疑心しかなくて他の人を愛する余裕なんてないんだ。君とやり直すしかないんだ。君を憎んでいるけど愛している」
「そう言われても、無理だからあなたの部屋を出たのだけれど……」
「君のお陰で人間不信が酷くなったよ」
「……」
「一人の男も救えない君が教師になって大勢の子供たちを救おうなんて馬鹿げている。君には無理だよ」
「そんなこと…」
「人間的に欠陥のある人が教育に携わろうとしていること自体がおかしいんだ」
 私はぼんやり考える。そうかもしれないなと思う。どうして教育者を目指していたんだっけな。子供の支えになりたいから? 支えになっている自分に満足したいから? 否、私は……。

「決めたから。あなたとはもう二度と会わないわ」
 私がそう言うと、彼の顔が暗く歪み、怒りの所為か何なのか、体が少し震えている。
「さよなら」 
 私はそう言って、彼の肩をぽんと軽く押した。すると、彼の体がぐわんと大げさに揺れて、橋の上からあっという間に消えた。私は何も。