常に影を搏つ

 彼から電話があって呼び出されるものだから、急いでアパートへ行ってみると、「彼女と別れそうだ」という相談で、つい最近まで惚気話を聞かされてた私は驚いたふりをしたが、否、実を言うと、私は彼のことを友達というより良い雰囲気を持っているなと認識している位だったので、相談されたのを嬉しく思ったことをここに記す。不謹慎だけれども。
 さて、彼の相談は一時間程続いた。話の内容から、ああおそらく彼女との修復は不可能であるなと感じ始めたところ、彼が少し涙ぐんでいることに気付く。ああ、私の言葉の慰みはちっとも彼には届いてはいないのだなと無力感に苛まれた。仕方なく彼の頭を優しくなでなで。
「元気出してね」
 はて、その時、彼の目線は私の丁度胸の辺り。そうか、言葉で慰められないのなら、体で慰めればいいのだ。それが私にしてあげられる唯一の励まし。
 私はシャツとスカートを脱ぎ捨てると、ブラとパンツだけの姿になった。
「してもいいよ」
 私は男は女が体を許せば欲情するものだと思っている。そして、二人で入り乱れた後に続くピロートークで、「悩んでるなんて、らしくないよ!」と母性本能を含む優しい笑顔を向ければ、それで男の悩みも解決するだろうと思っている。そんな真っ直ぐな私に対し、彼が言葉を発す。
「お前、何やってんの?」
「え。セックスしたいのかなと思って……」 
「はあ? 馬鹿か!」
 彼は急に不機嫌になり煙草に手を伸ばす。私は目論見が見事に外れて、あんぐりと。男なら据え膳食わぬは何とやらではないのか。
 私は間抜けな格好のまま、ぼんやりと立ち尽くした。次の展開が全く見えぬ。
「お前とはしたくないね。でも、どうしてもしたいんだったら……」
 そう言って彼はベルトを外した。私の裸を見ても、それはくたんと小さいままであった。
「ほら。舐めればいいよ」
 思考回路がぷっつんの私は言われたまま、彼のものを口に含むけれども、彼は私に触れようともしないし、私が一生懸命、夢中で舐めているのに、彼のものはなかなか大きくならないし、どうしたものか、否どうもしない。彼は飽きたように、傍にあった雑誌を読み始めた。私は口から涎を垂らしながら必死で何をしているのだろうと思った。

 随分時間が経った後、私はこの屈辱から逃れることが出来た。
 そして、私は彼に急かされながら服を着て、玄関のほうへ追いやられる。
「ご苦労さん」
 彼はそう言った後、無機質に私を玄関から押し出した。バタン。

 乾いた土の匂いがした。ああ、雲が低い。