リライト

 男は自分の身の上話を終えると、ふうっと溜息をついた。そして、目には悲劇的な苦痛を湛えたまま、こちらの様子を窺った。
「この話を書いてもらっても構いません。先生になら……」
「そうですか」
 私はその手の話など、全く書くつもりはなかったし、そのような悲劇を受け入れるつもりもなかった。
「先生なら、話の結末はどうしますか? その男は死にますか? それとも生きますか?」
「そうですね……」
 私は話に関心が持てず、ぼんやりと男の所作に目を移す。どことなく小動物に似てるなあ、と思わず笑ってしまいそうになったが、何とか耐えた。和やかな雰囲気ではないことは理解している。私は仕方なく口を開く。
「話の主眼を何処に置くかで決まってきますよね。だから、何とも言えません」
 男は少し残念そうな顔をする。
「先生のお手伝いが出来るのならと思って、このことをお話ししたのですが…。先生の書く話が好きなんです」
「私の書く話ですか」
 一体、私の書く話はこの人にどんな印象を齎しているのだろうか。私は自分の書く話を面白いとも上出来だとも思ったことはない。私の話も私自身も、結局は他人の客観にしかすぎないのだ。私が本当に書きたい文章が頭の中にあっても、それが表に現れなければ、なかったも同然なのだ。本当の私など、あるようで実像はないのだ。
 


 その男が帰った後、一通の手紙が届いた。それは或る人から送られたもので、そこには私に対する恨み辛みが書いてあった。人を恨むことが生きるエネルギーと化す人もいるのだなあと漠然と思った。
 私がこれまで接触したことのある人は、私に対してどんな印象を持っているのだろうか。その全てを複合すると、さも複雑な私が出来上がりそうであるが、実物はそうではない。本当はちっぽけで、いつ消えても分からないくらいだ。 
 私はその手紙をそのままゴミ箱へ放り投げた。