Who is to blame for my personality?

「林田さんに負けちゃった」
「え?」
「県の弁論大会、私は出場できないの」
「あら。そうなの? 残念だったわねえ」
「…………」
 夕飯の席で、私は一応、両親に伝えた。
 県中学生弁論大会に学校代表として出場できるかどうか、その日に最終選考があった。しかし、私は最後の最後で負けた。代表は林田さんに決定。『家族』というテーマのせいだと私は思っている。
「林田さん、亡くなったお父さんのこと書いてたよ」
「ああ、あの事故からもう三年くらい?」
「なんか、死んだ人のことを書くってずるいよ。死んじゃったら、思い出はいつまでも綺麗なままだもん。そんな話されて感動しない人はいないよ」
「そう? 死んだ人のことを書くより、生きている人のことを書くほうが凄く素敵だし、ドラマティックよ」
「そうかなあ……」
 私とお母さんがこんな会話をしている間も、お父さんは黙ってご飯を食べ続け、食べ終わったかと思うと、「ちょっと出掛ける」と言って、ふらりと出て行ってしまった。
 私の話には興味なしか…。私とお父さんは滅多に喋らない。お母さんに対しては少し話すが、甘い言葉などはない。昔かららしい。
 そして、私が学校で1位を取った成績表を意気揚々と見せても、さっと目を通すだけですぐに返すし、修学旅行の写真などを渡しても、あまり真面目に見てはいないようだった。もし私が男だったら、何か違っていたのかもしれない。釣りに行ったり、山を登ったり、何かを一緒に楽しんだり、男同士の会話が出来たのかもしれない。
 何だか、私にはお父さんはいてもいなくても同じだな。必要ない。もし林田さんみたいに、私もお父さんが死んでいれば、弁論大会で感動的な発表ができたかも。父を恋しがるかわいそうな女子中学生、そんなポジションで文章がかけたかもしれないとさえ思った。我ながら性格が悪い。



 私がテスト勉強のために仮眠を取った後、水でも飲もうとリビングへ行ってみると、テーブルの上に何かがあった。見てみると、サイダーのペットボトルと小さなあんぱん。
 お父さんの食べかけ飲みかけなのかと思ったけれども、そうでもない。まだ新しい。もしかして、お父さんがこれから食べるのかと思いきや、家中が静かで就寝していることは確かだし、すぐ傍に空のペットボトルがあったので、もうお父さんは既に一本飲んでしまっているようだ。
 あ、もしかして、これはお父さんが私のために用意してくれたもの? 出掛けてたのは、小店に買いに行ってたの? そうなの? 多分、そうだろう。驚いた。どういうつもりで置いたのだろう。「弁論大会残念だったね」ってこと? それとも「テスト勉強おつかれさま」ってこと? 明日、お父さんに聞いても、どうせ「ああ」とか「うん」とかしか言わないだろうなあ。こんなお父さんの優しさを見たのは初めてかもしれない。言い過ぎかもしれないけど。わざわざ部屋に持って来ないのが、お父さんらしい。何だか、少し顔がにやけてしまう。
 何となく、お母さんの言うことが分かったような気がした。私とお父さんはいつも気持ちがすれ違ってばかりだけど、生きていれば、こういう日もあるんだなあ。お父さんが死んで、ちっぽけな思い出が固定化するより、変てこな思い出が流動化するほうが確かに面白いかもしれない。 
 私は、あんぱんの袋を開けた。
 ぽすんと軽い音がした。





 大人になってから気付いたのだが、もしかして、父は父なりに私のことを考えてくれているのかもしれない。私が気付いていないだけで。
 自分が大人になって、しかも、色々な部分が父に似ていることに気付いて、嫌だなあと思うと同時に少し笑えてしまう。例えば、無口なところだとか、好きな人に素直に愛していると言えないところ、頑固なところ、感情を表に出さないところ……。
 そして、今でも自販機や店であの時のサイダーを見かけると、くすぐったい気持ちになる。


 お父さん、私は中学生の頃も今も、炭酸が飲めないんですよ。