外部評価

「だって、モトムラさん、友達いないでしょ?」
 池田さんは小さなグラスに入ったワインを飲み干す。私のアパートという小さな空間でも、池田さんの品の良さは崩れない。まさか、彼が、私の部屋に来るとは思わなかった。
「私、ホンムラです」
「ああ、ごめんごめん。本村って漢字、いつも読み方を悩んじゃうんだよね」
「別にいいですけど」
 私は池田さんのグラスに注ぎながら、こっそり彼の様子を伺う。
「私は友達がいないというわけではなくて、単に仲良しごっこが嫌いなだけです」
「しっかりしてるね。自立してるというか。そんなところが良いんだけど」
 池田さんが、いくら仕事上とはいえ、私を気に掛けてくれるのは嬉しかった。たとえ、それが慈善だとしても。私は決して自分を卑下しているわけではない。只、普段だったら、池田さんという人は接点のないタイプの人間なので、観察するのが興味深いのだ。私は彼のスーツ姿を好ましく思う。横顔も。骨ばった手も。

「ねえ、暑いからネクタイ外しても良い?」
 そう言って、彼はジャケットを脱ぎ、ネクタイを取った。
「暑いなら、エアコンつけましょうか?」
 私がリモコンを取ろうとして立ち上がると、彼がにっこり笑ってこちらを見ている。
「どうしました?」
「エアコンはいいから、こっちにおいで」
 私はよく分からずに、池田さんの目の前に正座した。すると、頭を撫でられる。
「いつも仕事をしてる時に、後ろから見てると、モトムラさんって何だか小動物みたいだから、触ってみたかったんだよね」
 私は何かの生き物扱いですか。ぼんやりと彼を見つめる。すると、いつの間にか彼の腕の中にいた。優しくぎゅうっと包まれる。成る程、これが池田さんのやり方ですか。慣れている感、有りまくりです。




 何も着ない状態だと、池田さんの体温が私の体にとても馴染んだ。只、池田さんのものは大きくて、挿入までにベッドの中で何回も試みることになったのだけれど、ようやくひとつになれた時に、私は少しほっとした気分になった。
「モトムラさんの中、すごく気持ち良いよ」
「……はい」
 私の鼓動はとても早くなっているし、体温は高くなっているし、だるい心地良さが漂っている。
「池田さん、良い匂いがします」
「何もつけてないよ」
 私は彼の鎖骨の少し下辺りに頬をくっつける。池田さんの匂い。たまには、人との繋がりも悪くはない。頭を撫でられながら、そう思う。彼のことがもっと知りたくなる。
「ねえ、いっぱい気持ち良くなりたい?」
 池田さんは体勢を変えて、私の上に乗る。そして、動き出そうとした時、ベッドの隣に置いていたケータイのバイブが鳴る。リズムからして、私のではない。
 ディスプレイに光る名前が見えたのか、彼の表情が明らかに変わる。

「ごめん。ちょっと……」
 彼は私の体から離れて、ケータイを取る。私の体温が少し下がる。


 そして、池田さんは夢中で話し出す。まるで、私がそこにいないかのように。
「おい、何でお前、電話出なかったんだよ。何回も電話したんだぞ」
(誰?)
「ずっと心配してたし。メールも送ったよ」
(彼女なの?)
「え? 今から? 大丈夫。行くよ行く。お前の家でいいよな?」
(今から行くの? 私はどうすればいいの?)
「分かった。すぐ行くから、待ってろ」



 話し終わってケータイを閉じた池田さんがこちらを見た。
「行くんですか?」
「ごめん」
「最後までしないんですか?」
「そういう気分じゃない」
「……分かりました。行って下さい」
 彼は服を着始める。



「嘘です!」
 私はぎゅっとシーツを掴む。
「行かないで」
 私が呼び止めようとも、彼は最後にスーツのジャケットを羽織った。
「待って!」
 私は裸のまま、ベッドを出る。


「ごめん。モトムラさん、タイプじゃないんだよ。なんか、無理」
 彼は玄関へと歩いて行った。バタンと扉が閉まる音がした。


「名前……、いい加減、覚えてよ……」


 私の体も名前も池田さんの前では価値は無い。それでは、誰の前なら、価値を見出せるのかと考えたが、誰も思い付かなかった。私は裸のまま立ち尽くす。体温と共に、何かを失いつつあった。