研削

 夢が流れた。

 母がどこにも見当たらないので、買い物にでも行ったのかと思っていたところ、父が帰ってきた。何とも妙な顔つきをしている。一体どうしたのかと思い、問うてみたら、母が倒れたのだと言う。そこで、私と弟に不安が過ぎる。立て続けに父に問い質す。母は大丈夫なのか。具合はどうなのか。入院なのか。すぐに戻って来れるのか。
「母さんの意識はない」
 父はこんな時にでさえ、ぽつりとか答えない。父の顔が少し歪んで見えた。私たちを動揺させまいと、無理に笑顔を作ろうとしたのかもしれない。しかし、それが余計に私を苛立たせる。
「なんで……」
 自然に涙が溢れていた。弟の方を見ると、泣いてはいなかった。
「なんで……なんでなのよ……」
 父の腕を掴んでその言葉だけを繰り返した。父は何も言わなかった。
 涙がどんどん溢れてきて止まらない。自分がこんなに感情に揺り動かされるものだとは思わなかった。
 母の意識はもう戻らない気がした。



 夢が流れた。

 最初は祭りかと思っていたが、実際、そうではなかった。若者は手に爆竹や小さな手榴弾などを持っていたのだ。
 私は必死で逃げる。そして、追ってくる相手の足元に向かって、ガラス製の小さな皿を投げた。それは思い切り割れて、小さな破片となり、相手の足に刺さる。これで、暫くは追ってこないだろうと思ったが、自分の足にも幾つか破片が刺さっていた。ちくりと痛いので、それを急いで取り去り、川の方へと逃げる。すると、今度は竹刀を持った男が追ってくる。私も自分の竹刀をもって、その攻撃を受ける。思ったよりも上手く防御することが出来て、剣道をやっていて良かったと思った。そして、竹刀を使い、男が仕掛けた爆弾を川の中へと放り投げた。
 まだ逃げなければならない。



 夢が流れた。

 庭に繋いでいるマルクスが何をしているのか気になって、ふいに窓から覗いてみた。
 すると、そこにはマルクスに似た茶色の柴犬のような雑種のようなものが十匹ほどいた。きっと父と母が拾ってきたのであろう。
 マルクスはどこにいるのかと思ったら、隅のほうで丸くなっていた。こんなにたくさんの犬がいては狭かろうと思ったが、何をするわけでもなかった。マルクスが少し、薄汚れているように感じた。そして、他の犬も毛がぱさぱさとしていた。
 これほどたくさんの犬がいては、一匹の犬に対しての愛情も薄れるのではないか。私はこれらの犬を目の前に、少しうんざりしていた。
 所有するものの数が少ない程、それに対する愛情は深まる。