プラス

 ぽっかりと浮かんだ月の下、心地良い酔いと供に家路を歩む。何は無くとも頗る愉快で、あの人の声が聞きたくなった。片手に携帯電話を持ち、さて、番号を。そういえば、父が電話してくるのも、決まって酔っているときだっけ。良質な酔いは大事な人の声を恋しがらせる。
 スリーコール。それで出なかったら、眠っているかな。私は携帯電話を耳に当て、カウントを始める。1かーいめ、2かーいめ、3

「もしもし」
「寝てた?」
「寝てると思ったら、常識的に電話しないよね」
「こっちの常識にはそんなのないんだ」
「世間を知ってほしいよ」
「ねえ、ルーズリーフの丸と角、どっちが好き?」
「いきなり何それ」
「ルーズリーフの隅っこ。よく見ると隅が丸いのと角になってるのあるんだけど」
「じゃあ、丸」
「丸はさ、なんか紙質良いからさ、角のより値段高いよね。さすが、お金持ち。私はちなみに角だよ。角のほうがさ、安くて紙が薄いんだよね。でもね、その薄っぺらさがいいんだ。机の上に置いて、シャープペンで文字を書いていると、こつこつって音がして小気味が好いんだ」
「さては君、結構、酔っているね」
「じゃあさ、路面電車の床に穴が開いているの知ってる?」
「今度は路電か。話変えたね。そんなの知らないよ」
「その床の穴からね、私はいつも、何か見えないか観察しているんだけど、結構、路面電車も速度速いんだね。物体として見えるときはいつも電停で止まったときだけだよ。走っている瞬間は流れる何かしか見えないよ。世界の車穴から」
「世界じゃないし、地方だよね。語呂も良くないよ」
「いいよねえ。都会は何でもあってさ。こんな田舎とは違ってさ」
「そっちに居たって、今はオンラインで何だって欲しい物を買えるじゃないか」
「でも、傍にあなたはいないよ」
「うん」
「…………」
「あと二日で夏休み始まるね」
「そうだね」
「会おうか」
「そうじゃなくて」
「ん?」
「うう」
「会いたいから、会いに行く」
「合格!」


 きっと、私から電話しなければ、この関係もすぐに終わってしまうかもしれない。しかし、こうやって、声を聞いて、やりとりをして、繋がっていることを確認して、まだ大丈夫なのだと思える。
「夜道、気をつけてよ」
「うん、ありがとう。だいすき」


 まだ、大丈夫。そして、これからも、と願う。