夜の会話

「あなたのお時間、頂戴致します」
「え」
「って思うのよ。お付き合いする人に対して」
「何それ」
「前の彼氏から別れ際に言われたの。“君と結婚するために、俺は時間と金を随分費やしたのに、全部無駄になった。俺と結婚する気がないのなら、初めから言えよ”」
「さ、佐川、結婚詐欺してたの……?」
 暗闇に南の声が大きく響いた。彼女と布団を並べて寝ていると、修学旅行の時みたいに、言いにくいことも言えるような気がする。気持ちだけ、あの頃に戻ったみたいに。
「いや、付き合っている時は、本気で好きだったよ。だけど、初めにお互いのこと確認し忘れてたんだね。私、一生独身主義って言い忘れてた。確かに、彼、四十過ぎてたしなあ。そりゃあ、結婚したいよね」
「よく訴えられなかったね。彼の被害総額、二年と数百万くらい?」
「はは。悪態つかれたけどね。“俺のような被害者を出さないためにも、もう年上とは付き合うな。付き合うとしたら、結婚を覚悟して付き合え”と痛い忠告」
「ううむ」
「まあ、年下なら、すぐには結婚しようとか言い出さないし大丈夫かなと思いきや、そうでもないんだよね。私に費やす時間は結果として無駄になっているんだから。婚活のための貴重な時間を貰って申し訳ない感じ。頂戴致しますって感じ」
「えー。私とか友達はどうなの? 一緒にいても時間の無駄遣い?」
「友達と過ごす時間って、くだらないことばっかりやったり言ったりしてることが前提みたいな感じじゃない? だから、友達となら無駄な時間過ごしても、それはフィフティフィフティなんだよ」
「そうなのか。難しい……」
 南が天井に貼り付けている蓄光シールは星座のように光っている。まるで夜空を見上げているみたいな気分になる。私は星座に詳しくないけれど、オリオン座とかさそり座とかそういうものの形に、わざと貼り付けているのかもしれない。
「結局さ、私には恋愛の着地点が見えないのだよね。皆は『結婚』というゴールがある。それは確実らしい。でも、私にとってそれは不安定で薄ら寒いものでしかないんだ」
「恋愛ってそんなに難しいものなのかな」
「ふうむ」
「佐川は恋愛について考えすぎだよ。私はね、男の人の顔を見て、その人とセックスできるかどうかで恋愛対象かどうか判断するよ。案外簡単なんだよ」
「それは短絡的なような。でも、私が考えすぎなのかな……」
 南の言うことも一理ある。だけども、そうやって後先考えずに無闇に始めた恋愛が相手を傷つけ、結果的に自分も傷付くことにもなる。実際、それをやってしまった。そして、後悔。
 そういえば、この前、妹にに話した時、別のこと言われたっけ。「結婚しないってそれ、遊び? 相手のこと弄んでるの?」
 私は確かに相手と向き合って、相手と会話して、恋愛している。だけども、私は結婚はしたくない。形式に囚われたくない云々より他の理由もある。でも、世間はそう見做さない。
「ねえ、南。私に次はあるのかな……?」
「…………」
「ねえ」
 私は自分の布団からそっと足だけ出して、南の足に絡めてみる。意外とひんやり、ふにふにして気持ち良かった。南の嫌がる声がするかと思ったが、何の反応も無かった。もしかして。
「ねえ。南ってば!」
「……はい。私のダイヤル式の向こうには……引き出しの中に……ねこ……」
 完璧に寝言だった。
 平和な人だ。私もいつか、南みたいに恋愛に対して明るく向き合えるといいんだけど、そんな日は来るのかなあと思った。たとえ来なくとも、南みたいな友達がいればいいか、とも思えた。でも、南がいつまでもこんな私を相手にしてくれるかどうかは分からないけど。
「おやすみなみ」
 勿論、反応は無かった。 私は、もしゃっと丸まっているタオルケットをそうっと南にかけてあげた。