幸福を促進できる?

 多分、酒に酔っているのだと思う。体が軽くてふわふわしていて、とても幸せな心地だ。今なら、どんな頼み事をされても素直に引き受けてしまいそうなくらい、機嫌が良かった。
 私はベッドの上に居て、ごろごろ寝転がり、船の上で寝ているような感覚を味わっていた。そして、必死で抱き枕にしがみ付き、ベッドという名の船から落ちないように気を付けてながら眠っていた。
 ふと、目を開けると嶋野の顔が目の前にあった。思い切り目が合う。
「起きましたか?」
「……何でこんなところにあんたがいるの?」
「先輩が飲み会の後、俺をここまで連れてきて離さなかったんじゃないですか」
 よく見ると、私は抱き枕代わりに嶋野に抱きついてしまっていたようだ。不覚。
「ごめん。迷惑かけて」
 私はすぐに離れようと身構える。ところが、嶋野は私から離れようとせず、抱きしめてきた。
「先輩、かわいいなあ。ちょっとだけこうしててもいいですか?」
 私は何も言わず、そのまま抱きしめられていた。お酒の匂いが少し、あとは柔軟剤っぽい洗濯の香りがした。
「嶋野、何か落ち着くなあ。お父さんみたい」
「僕、まだ若いんですけど……」
 何だか眠ってしまいそうだ。すると、嶋野は私をぎゅっとした。
「僕は先輩にドキドキして欲しいんだけれどな。もっと僕のことで感情の起伏を表面に出して欲しいです」
 そういうと、嶋野は優しくキスしてきた。それから、ゆっくりと唇を吸われたり、舌を入れられたりした。意外にも上手でうっとりとしてしまった。
「……嶋野。上手」
「ありがとうございます。僕は先輩を気持ち良くさせることなら何でもしますよ」
「……嶋野。もっと」
 私がそう言うと、嶋野はにっこりと笑って私の頬を撫でる。そして、さっきよりも、もっと気持ち良いキスをしてくれた。
 
 その時、部屋の電話が鳴る。私は嶋野から離れ、電話のところまで行き、受話器を取る。
 同級生の声だった。
「もしもし、飯島だけど。ごめん、寝てた?」
「ううん、大丈夫だよ」
 私は何となく、彼が何の用事で電話してきたのかが分かった。そうだ。明日は……
「明日は嶋野の一周忌だったよな? お前も行くよな?」
 
 私はベッドの方を振り返る。そこにはもう嶋野の姿はなく、抱き枕がぽつんとあるだけだった。