sudden-death

 図書館の2階からふと外を見ると、横断歩道をたくさんの人が慌しく渡っていて、しかもその光景が何となくどんよりとしたものだったので、ああ、雨が降ってきたんだな、と私は思った。
 梅雨明けが近いのか、今日は珍しく朝から晴れていて、溜まっていた洗濯物を干してきたばかりであったから、とてもがっかりする。大量の洗濯物、今頃は……。
 その時、すうっとテキストに薄い影が出来て、顔を上げると、彼が私の机の傍に来ていた。
「ごめん。待った?」
 彼が小さな声で囁く。良い声だと思った。そして、その唇も艶っぽいと思った。
「勉強してたから大丈夫だよ」
「じゃあ、行こう。車、駐車場に停めてるから」
「うん」



 車を運転する彼の横顔は素敵だと思った。メガネと鼻のバランスが丁度良い。やっぱり好きなんだなあと思う。
「凄い雨だね」
「今日、折角外に洗濯物干してきたのに、ぐっしょりだろうなあ」
「もう一回洗わなきゃいけないだろうね」
 私は少しお腹が空いていたので、彼に聞いてみる。
「今日は何食べる?」
「……俺はお前が食べたいな」
「うわっ。以前、元カレもそんなこと言ってたなあ」
と、私はにやにや言った。その直後、急に空気が変わってしまったことに気付く。
「俺、前の彼氏のこと言われるの嫌い」
「あ、ごめんね……」
「どうせ前の彼氏のほうが金持ちだろうし、格好良いだろうし、セックスも強いだろうな!」
「いや、そんなことは……」
「お前は前の彼氏のことを何気なしに口走ってしまうんだろうけど、楽しそうに話してるの自分では気付いてないだろ」
「違うよ、今のほうが」
「もういいよ」
 彼が急に車を止める。
「ちょっと車から降りて」
「え」
「降りてみて」
「……」
「早く」
 私は何が何だか分からなかったが、取り敢えず、言われるままに車から降りてみた。すると、彼は勢いよく助手席のドアを閉め、そして、そのまま車を発車させる。
 勿論、私はぽかんと立ち竦むしかなくて、ざあざあと雨に打たれ続けるのみ。そして、その時、頭を過ぎったのは、送り梅雨という言葉だった。

 梅雨、乾かない洗濯物、晴れない心。

 何が悪かったのか、未だに分からない。