I don't care whether you like me or not

 目を開けると、薄暗い照明がゆらゆらと見え、ここは自分の部屋ではないなあとぼんやりと感じた。
 ゆっくりと体を起こすと、テレビの前のソファに高柳が小さくなって寝ていた。私はどうやらあるホテルの一室にある大きなベッドに寝ていたらしい。私の隣には大きな空虚が漂っていた。
 ふむ。多分、酔った振りをして高柳を誘惑しようという魂胆だったのだが、本当に酔ってしまい、すっかり眠ってしまっていたようだ。枕元にはバッグが置いてあり、その中には、高柳を呼び出す口実に使ったレポートが入っていた。折角の計画なのに寝てしまって台無し。私はふうっとため息をつき、彼の寝ているソファへと近付く。
 高柳を真正面から覗くと、彼は口をうっすら開けたまま、すうすうと寝ていた。
「起きないのかなあ。起きればいいのにな」
 私の言葉も空しく、彼の規則的な呼吸は続く。寝顔が小学生みたいだなあと思った。それから、睫毛のひたむきさ加減も私の気に入るところであったし、首のラインと顎にかけての骨格は抜群で、整った唇はやんごとないとも思った。
 観察を続けていると、どうしてもその唇に触れてみたくなり、途中で起きてしまうと気まずいだろうなあと思いつつも、ゆっくりと顔を近づけてしまった。
 そうっと触れると、高柳の唇は案外あたたかくて、柔らかかった。私がそのようなことをしても、全く起きる気配はなかったので、私の行動は少しずつエスカレートしていった。彼の下唇を私の両唇で軽くはむ。下唇を舌先でゆっくりとなぞる。少し開いている口に舌をちょっとだけ挿入してみる。それでも、彼は起きない。何だか私の呼吸が止まってしまいそうだった。
 さすがにそれ以上は危険だし、私の体が興奮してきてしまったので、そこまでにした。
 相変わらず、高柳の呼吸はゆったりとしている。全く相手にされてないのに、私は欲情している。体の中心が、少し、熱い。そして、高柳の唇も温かいが、無機質な温かさだ。
 このまま一緒にいると、私が一方的な行動に出てしまいそうなので、私はテーブルの上にそのホテル代として十分であろう一万円札を置いて、部屋を出た。




 翌日、授業が終わり、少し暗くなった道を一人で歩いていると、後ろから声をかけられた。
「里内さん」
 ちょっと気まずいなあと思いつつ振り返ると、やはり、高柳だった。自転車に乗ったまま、ゆっくりと近付いてくる。
「例のレポートは出せた?」
「昨日、高柳がアドバイスしてくれたおかげで、もう提出できたよ」
「そうか。よかった」
「うん……」
「あと、昨日はごめん。酔っている里内さんを介抱せずに、熟睡してしまって」
「別にいいよ。私だって、勝手に帰ってごめん。何か落ち着かなくてさ」
「それにお金。別に置いていかなくてもよかったのに。今、返すよ」
「いらない」
「え、返すよ」
「いらないって」
「でも、返すよ」
 高柳の顔を見上げたら、真剣だった。いや、いつでも真剣か。私だけがいつも一人で舞い上がったり、ふざけたり、悲しんだり、空回りなのかな。
 私はきりっと高柳を睨み付ける。
「じゃあ、近くのコンビニまで、私を後ろに乗せてよ。そして、そこでココアおごってくれたら、それでもういいよ。」
 高柳は少し考えた後、私の強情さに負けたのか、頷いた。
「落ちないように気をつけて」
「分かってる」
 初めてのこの二人乗りは何もかもが不安定だった。私は胸の鼓動が聞こえないように、高柳の腰に手をまわすのはやめた。その代わりに、彼の両肩に掌を乗せた。
 でも、結局はそこから熱が伝わり、私の独りよがりな気持ちも伝わってしまうんだろうなあ。でも、優しいなあ、高柳は。
 自転車のタイヤは規則的にくるくると回転し、その心地良い速度がいつまでも続けばいいのにと思った。