you'd be so nice to come home to

「水谷の好きなものって何?」
 佐倉が笑顔で聞いてくるので、私は一瞬、固まってしまった。
 そして、何気なくメニューに目を移して言う。
「私はハニーシフォンとブレンドティーでいいよ」
「いや、そういう意味ではなくてね。んー、まあいいか。じゃあ、私はミルクレープとキャラメルラテにしよう」




 手元に届けられたシフォンとお茶は柔らかな香りで、とても美味しそうに見えた。そして、久し振りに会った佐倉は相変わらず可愛くて、優しい雰囲気で、私とは正反対だなと思った。
「疋田は元気?」
「ふふ。元気だよ。毎夜、三回はするね」
「ふうん」
「それより、水谷は恋人出来た?」
「恋人の存在意義が分からない。家族も友達も仕事もあるし、満足してる」
「恋人がいることで満たされることもあるよ」
「セックスなら友達とも出来る」
「心の充足のことだよ」
 それなら、佐倉は私と一緒にいる時は、心の充足は出来ていないのか?
「まあ、気が向いたら作るから、佐倉は心配しないで」
「うん。でも、疋田も心配してたからさ。前は三人でよく遊んでたのに、最近はあんまり集まれないしね」
「だって、二人の邪魔になると嫌だから」
「邪魔だなんて思ったことは一度もないよ。水谷が私たちを出会わせてくれたんだから、感謝してる」
「そんな大げさな」
「あのね……、ちょっと気になってたことがあるんだけど……」
 佐倉はカップに目を落とし、スプーンを指先で突いた。
「何?」
「水谷は疋田としたことないの?」
「ないよ」
「本当に?」
「疋田は格好良すぎて友達としてはいいけど、恋人としては窮屈すぎる」
「変な理屈。でも、それならいいの。何か気になっててさ」
「疋田はいいやつだから、その辺の心配はしなくていいじゃないの?」
「うん……」
 私はシフォンにフォークを突き刺す。そして、佐倉はまだ口籠もっている。
「何となく……疋田って……」
「何?」
「疋田ってセックス上手だし、女の人とたくさん付き合ってきたんだろうなって思えるし、でも私はそんなに経験があるわけではないし、いつも気持ち良くさせられてばかりだし、このままで私、本当にいいのかなあと思ったり。まあ、セックスが全てではないけどさ」
 佐倉は私と違って、とても綺麗だ。そんな心配する必要ないのに。
 私は無言で、シフォンを食べ続ける。けれども、ふわふわしているだけで、ちっとも味はしない。
「どうしたの?」
「別に」
「ごめんね。変なこと言ったから、怒っちゃった?」
「いや」
 顔を上げると、佐倉と目が合った。そんな目で私を見ないで。
「正直、嫉妬してる。羨ましいよ、疋田が」
 

 店内ではあの曲が流れていた。そして、外では、雨がしとしとと降り、梅雨の到来を告げていた。
 もうすぐ、佐倉はジューンブライドになる。
 おめでとう。そして、お幸せに。