Late though it is, we'll stay a little longer

 起きたら、そこは火星でした。


 ということは、分かりません。私にとって、一番身近な惑星が火星だったから、そう思ったのかもしれません。ただ、私は出発してから数週間後、宇宙を彷徨った挙句にそこに到着していたのでした。
 今、私は四畳半くらいの広さのシアーショートルンの中にいます。その乗り物には重量制限があるので、私は乗せるものを考えなければいけませんでした。一冊の本、音楽、写真、食糧など……。それらを乗せて、私は火星(仮)へやってきたのです。
 窓の側に歩いていくと、足にふわふわっとした感触がありました。そうです。イヌです。私は火星(仮)に、イヌも連れてきたのでした。なぜ、イヌを乗せようと思ったのか、決めた時には、自分でよく分かりませんでしたが、今になるとあれがきっかけだったのかもしれません。



 私が九歳の頃、飼っていたマルクスと共に散歩に出かけていました。暫く歩いていると、マルクスは道に落ちていた何かを咥えました。私は母から、「道に落ちているものをマルクスに食べさせちゃだめよ」と言われていたので、マルクスの口からそれを取ろうとしたのですが、余計にマルクスは夢中になって離そうとしないのでした。そして、仕舞いには、それを食べてしまったのです。そうすると、皆さんのご想像通り、マルクスは、口から泡を吹いて、ぱたりと倒れてしまったのでした。私は一瞬、何が起こったか分かりませんでした。しかし、マルクスを触っているうちに、筋肉が硬直していくのが分かり、気付いたのです。ああ、かわいそうなマルクス! 私が口からそれを取り上げなかったばかりに!
 それは、役所が増えてきた野良犬を駆除する為に作った天ぷらのようなものでした。そんなものの為に、マルクスは命を落としたのでした。
 それから、私は絶対、生き物を飼わないと決めたのですが、マルクスがいなくなって、しょんぼりした私を励ますために、両親は新しい動物を買ってきました。
 もう今までみたいに可愛がりはしない! 何故なら死んだときに悲しいから! と私は思い、名を付けずに、属名で呼ぶことにしたのでした。



 そして、今、シアーショートルンの中で、イヌは私の足元に座り、私を見上げています。きっと、環境の変化に怯えているのでしょう。少し、目が潤んでいました。
「大丈夫だよ」
 私はそっと、イヌの頭を撫でました。私は今、マルクスに対する罪をイヌに対して償っているのかもしれません。全く傲慢ですね。

 窓の外を見ると、ずっと続く黄土色の地平線。地表が少し、さらさらとしているように見ました。
 ピリピリピリと窓枠が少し揺れているなあと思ったら、どこからともなく、ドーンドーンと低い地響きが聞こえてきます。シアーショートルンの稼動音かもしれませんし、何かの生命体かもしれません。コンチアーテスケルトを使えば、私もイヌも気軽に外に出られるので、早速試してみようと思いました。
 いつまで一緒にいられるかなあと思って、イヌを見ると、健気に尻尾を振っています。
「おいで」
 私たちはコンチアーテスケルトの準備に取り掛かるのでした。