流れる

 そこは地元の小さな遊園地。
 遊具は数える程しかなく、敷地面積も大きいわけではない。しかし、常に、ある程度の人で埋まっている。親子連れもいれば、友達同士、勿論、恋人同士もいる。

 ある高校生くらいの男女がいた。女の子はよく笑う子で、服装も露出が多いわけでもなく、健康的で好ましい。男の子のほうは、少し恥ずかしがりながら、まだデートに慣れていない感じで、もたっとした印象であった。
 彼らはティーカップラウンドに乗ったり、小さなジェットコースターに乗ったり、ひよこレースを見たりしながら、終始笑顔であった。
 彼らはある程度アトラクションを楽しんだ後、売店の横にあるベンチに座り、ぽつぽつと会話を始める。
「今日は天気で良かったよね」
「うん。私、すごく楽しみにしてたからね、遊園地」
「そっか。俺も」
「この後、どうしよっか」
「うーん」
「ファミレスでも行く?」
「そうだね」
「まだ、帰りたくないし」
「……俺も」
「じゃあ、最後に観覧車に乗ろう」
「そうだね」
「じゃあ、行こ」

 彼らは、さりげなく手を繋いで、観覧車の方へと歩いて行く。手の繋ぎ方にも色々あるらしい。握手のように繋いだり、お互いの指を絡ませながら繋いだり。彼らは恋人繋ぎをしていた。


 僕はそんなふうに手を繋いだことはない。彼らの手のひらの温度が羨ましくて、自分の手のひらを見る。乾いていた。
 随分時間が経った気がした。こうやって、人間観察をするのも飽きたので、僕はポケットの中の四つ折にされたルーズリーフをもう一度だけ読み返す。そこには、可愛らしい文字が並んでいた。

『今度の日曜、十時に、福田遊園地で待っています。売店近くのベンチに座っているので、声をかけて下さい。 本山』

 クラスに本山さんなんていなかった。もしかしたら、他のクラスにはいるのかもしれないし、学校の中にはいるのかもしれない。そう思って、ここでずっと待っていたが、それらしい女の子はどこにも見当たらなかった。
 薄々気付いてはいた。僕の周りだけ時間が進む。そして、僕はまるで映画を見ている気分になる。僕のことは関係なしに物語は進み、僕が介入することを許さない。
 いつも僕は、人に自分の情けないところを見せてはいけないと気を張って生きてきた。そして、見せてしまうと、そのズレを直そうと必死になる。最近は、そのズレがどんどん大きくなって、どうしようもない気分になっている。
 しかし、みんなは僕がこんなことを考えていようといまいと、自分のやりたいことをやっている。そうだ、世界は自分を待ってくれないし、自分のためにあるわけではない。
 ここから見える観覧車はゆっくりとしていて、動いているかいないか分からないくらいだった。きっと、さっきまでそのベンチに座っていた高校生たちも、今頃乗ってるのかもしれない。
 僕は自分の腕に何箇所かある青黒い痣を擦った。昨日、できたばかりで、押すと鈍い痛みを感じた。
 生きているという実感と同時に、生きようと思った。